⑧ 「売りに出せる」と「売却を完了できる」は違う|抵当権と損切り
自衛官の不動産投資

「売りに出せる」と「売却を完了できる」は違う|抵当権と損切り
初めに結論
投資マンションは、広告へ掲載して買主を探すことと、代金決済・所有権移転・抵当権抹消まで完了することを分けて考える必要があります。通常売却では、売却手取り額と自己資金でローンを処理できるかを確認します。不足額を準備できない場合には、債権者との協議を含む別の対応が必要になる場合があります。
「売却査定をして、買主さえ見つかれば投資マンションを売却できる」と考えている方は少なくありません。
しかし、不動産売却には複数の段階があります。広告へ掲載すること、購入申込みが入ること、売買契約を締結すること、売買代金を受け取ること、住宅ローン等を処理すること、抵当権を抹消して所有権を買主へ移転することは、それぞれ別の段階です。
特にローン残高が査定額を上回るオーバーローン状態では、「買主が見つかるか」という市場側の問題だけでなく、「売主が決済条件を満たせるか」という資金側の問題を確認しなければなりません。
本章では、売却手取り額、ローン残高、損切り、保有継続、任意売却を分けて整理します。
「投資マンションが売れない」には2種類ある
「投資マンションが売れない」という言葉には、少なくとも二つの状態があります。
1.買主が見つからない
販売価格が高い、需要が少ない、利回りが合わない、融資が付きにくいなどの理由で購入希望者が現れない状態です。
2.買主は見つかったが決済条件を満たせない
購入希望者は存在しても、売却代金と自己資金だけではローン残高等を処理できず、抵当権抹消を含む決済条件を整えられない状態です。
自衛官が投資マンションの売却を考える場合、査定価格だけを見るのではなく、二つ目の問題まで購入時点から意識する必要があります。
売出し・売買契約・決済・抵当権抹消は別の段階
不動産売却の一般的な流れを整理すると、次のようになります。
1.査定
2.媒介契約
3.販売活動
4.購入申込み
5.売買契約
6.代金決済
7.抵当権抹消・所有権移転
「販売活動を開始できた」という段階と、「所有権を買主へ移転して取引を完了できた」という段階には大きな違いがあります。
住宅ローン等を完済した後の抵当権抹消について、法務局は金融機関等から受け取る登記原因証明情報、委任状、登記識別情報等を用いた抹消登記手続を案内しています。
つまり、抵当権が設定された不動産では、ローン処理と抵当権抹消を出口計画へ組み込む必要があります。
売却価格から売却費用を控除して手取り額を出す
売却価格が2,500万円だからといって、2,500万円全額をローン返済へ使えるわけではありません。
売却には案件に応じた費用が発生します。
たとえば、
・仲介手数料
・抵当権抹消等の登記関連費用
・契約書等に関係する費用
・ローン一括返済に伴う費用がある場合の金融機関手数料
・その他個別案件で必要となる費用
などです。
したがって、最初に計算する数字は売却価格ではなく売却手取り概算です。
売却手取り概算
売却手取り概算=売却価格-売却費用
売却価格だけでローン残高と比較すると、必要資金を過小評価する場合があります。
通常売却で確認する完済条件
通常売却では、決済日に必要となる資金を確認します。
主に確認する数字は三つです。
1.売却手取り概算
売却価格から売却費用を控除した金額です。
2.金融機関の一括返済予定額
単なる現在残高ではなく、実際に決済する予定日に必要となる金額を金融機関へ確認します。
3.追加できる自己資金
売却手取り額だけでローン等を処理できない場合、売主が自己資金を投入できるか確認します。
重要なのは、査定日、ローン残高の基準日、決済予定日を可能な限りそろえて比較することです。
売却代金と自己資金で残債を処理する
たとえば、
ローン残高:2,850万円
売却価格:2,200万円
売却費用:100万円
という説明用モデルで計算します。
売却手取り概算
2,200万円-100万円
= 2,100万円
売却不足額
2,850万円-2,100万円
= 750万円
式で表すと、
売却不足額=ローン残高-売却手取り概算
となります。
したがって、
2,850万円-(2,200万円-100万円)
= 750万円
です。
通常売却として進める場合、単純計算では750万円の不足をどのように処理するか確認する必要があります。
※金額は売却構造を説明するための仮定例であり、特定物件の査定額、必要自己資金、将来価格を示すものではありません。
不足額を準備できない場合に決済が止まる理由
買主が2,200万円で購入したいと言っても、売主側に750万円の不足があり、その処理方法が決まっていなければ、通常の条件で決済を完了できない場合があります。
重要なのは、
買主がいる=決済できる
ではない点です。
特に売買契約を締結する前には、
・金融機関の一括返済予定額
・抵当権抹消条件
・売却費用
・自己資金
・不足額
を確認する必要があります。
資金不足が判明しているにもかかわらず、処理方法を決めないまま売買契約を進めることは避けるべきです。
現在の損切り額と保有継続時の負担を比較する
750万円の不足額を見れば、
「そんな損失は受け入れられない。もう少し持っていた方がよい」
と考えるのは自然です。
しかし、判断材料は現在の750万円だけではありません。
保有を継続する場合には、
・毎月の赤字
・管理費
・修繕積立金
・固定資産税等
・設備修繕
・空室
・金利条件
・残債の減少
・賃料変動
・将来の売却価格
も確認する必要があります。
例
現在の売却不足額:750万円
毎月の持ち出し:2万円
5年間の単純な現金持ち出しだけなら、
2万円×12か月×5年
= 120万円
となります。
ただし、120万円をそのまま追加損失とは呼べません。
5年間でローン元金も減る一方、修繕や空室が発生する可能性もあり、将来の売却価格も確定していないためです。
損切り判断では、
今売却した場合の総負担
と、
保有を続けた場合の総負担と将来の出口
を比較します。
値上がりを前提に保有継続を決めない
「東京だから将来は値上がりするだろう」
「ローンを返していれば残債が減るから、そのうち売れるだろう」
という期待だけで保有継続を判断する方法は慎重に考える必要があります。
将来の不動産価格を正確に予測することはできません。
そこで必要になるのが複数条件による試算です。
基本条件
現在と同程度の賃料・売却価格を想定する。
悲観条件
賃料低下、修繕増加、売却価格低下などを反映する。
撤退条件
「売却不足額が○万円以下になったら売却する」など、自分の許容損失から基準を設定する。
値上がりを待つのではなく、「何年待ち、どの条件になれば判断を変えるのか」を先に決める方法が重要です。
損切りと保有継続の比較
| 比較項目 | 今売却する場合 | 保有を続ける場合 | 確認資料 |
|---|---|---|---|
| 売却不足額 | 現時点で確定可能 | 将来価格で変動 | 査定書・返済予定表 |
| 毎月収支 | 売却後は終了 | 赤字・黒字が継続 | 賃貸収支表 |
| 修繕予定 | 原則として売却後は終了 | 将来負担の可能性 | 修繕履歴・長期修繕計画 |
| 金利 | 売却後は対象外 | 条件変更の可能性 | 融資契約・返済予定表 |
| 残債 | 売却時に処理 | 返済で減少 | 返済予定表 |
| 想定売却価格 | 現時点の市場で確認 | 将来は不確実 | 査定・成約事例 |
| 税務 | 売却時に確認 | 保有中・将来売却時に確認 | 税務資料 |
| 信用・債務への影響 | 資金調達方法で異なる | 借入れが継続 | 金融機関確認 |
損切りと保有継続のどちらが合理的かは、物件ごとに異なります。
任意売却とは何か
自己資金を投入しても通常の完済条件を満たせず、返済継続も困難になった場合には、債権者との協議による任意売却が選択肢になる場合があります。
任意売却は、
債権者の同意を得ながら、抵当権抹消等の条件を調整して市場で売却する方法
として扱われます。
住宅金融支援機構は、返済継続が困難となった場合について任意売却制度を案内しており、価格査定、売出価格の確認、抵当権抹消応諾の審査を経た後に売買契約、決済、抵当権抹消へ進む流れを示しています。2026年4月1日更新の案内では、機構が確認していない価格で買主を見つけても抵当権抹消へ応じられない場合がある旨も明記されています。
ただし、住宅金融支援機構の手続が、すべての民間金融機関に同じ形で適用されるわけではありません。
具体的な手続は、実際の債権者・金融機関へ確認する必要があります。
任意売却後も残債が残る場合がある
任意売却=借金がすべてなくなる制度ではありません。
売却代金を返済へ充当しても債務全額に届かなければ、残債が残る場合があります。
住宅金融支援機構も、任意売却を「残債務を圧縮」する方法として案内しており、売却だけで債務が当然に消滅するとはしていません。
残債の返済条件は、
・債権額
・債権者
・売却金額
・収入
・資産
・返済能力
・契約状況
などによって異なります。
任意売却を検討する場合は、不動産会社だけでなく、金融機関、弁護士等を含めて個別に確認する必要があります。
売却前に確認する停止条件
売却活動へ入る前に、少なくとも次の数字をそろえてください。
□ 現在の査定価格
□ 販売開始価格
□ 想定成約価格
□ 売却費用
□ 売却手取り概算
□ 金融機関の一括返済予定額
□ 自己資金として投入可能な金額
□ 売却不足額
□ 抵当権抹消に必要となる条件
□ 不足額を処理できない場合の金融機関との協議
特に、
売却不足額>投入可能な自己資金
であり、金融機関との調整も終わっていない場合には、安易に売買契約を締結しないことが重要です。
FAQ
Q. 売却価格がローン残高より低くても売買契約はできますか。
売却価格がローン残高を下回るだけで、直ちに売買契約そのものが不可能になるとは限りません。
重要なのは決済日までにローン等をどのように処理し、抵当権抹消等の条件を整えるかです。
自己資金で不足額を補える場合と、補えない場合では対応が異なります。
契約締結前に金融機関の一括返済予定額、売却手取り額、自己資金、抵当権抹消条件を確認してください。
Q. 損切りせず値上がりまで待つ方がよいですか。
将来の値上がりだけを前提に保有継続を決めることはできません。
保有中の赤字、修繕、残債減少、賃料、将来価格を比較する必要があります。
「5年間保有する」「不足額が一定額まで減ったら売却する」など、悲観条件と撤退基準を設定したうえで判断してください。
Q. 任意売却なら借金がなくなりますか。
任意売却を行っても残債が残る場合があります。
任意売却は債権者との協議を前提に不動産を売却し、売却代金を債務返済へ充てる方法です。
売却代金で全債務を処理できなければ残債が生じる可能性があります。残債の返済方法や条件については、債権者・金融機関へ個別に確認してください。
本章のまとめ
-
「売りに出せる」と「代金決済・抵当権抹消まで完了できる」は別の問題です。
-
売却判断では、売却価格ではなく売却費用を控除した手取り額を確認します。
-
通常売却では、売却手取り額と自己資金でローン等を処理できるか確認します。
-
売却不足額は、現在の損切り額と保有継続時の赤字・残債・修繕・将来価格を比較して判断します。
-
通常の完済条件を満たせない場合でも任意売却が選択肢になる場合がありますが、債権者の同意が必要であり、売却後に残債が残る場合があります。
次章案内
第9章では、サブリース契約の当事者関係、所有者の受取賃料、賃料改定、免責期間、解約条件、サブリース付き物件を売却する際の影響を扱います。
「家賃保証」「30年一括借上げ」という言葉だけで判断せず、所有者、サブリース会社、入居者の契約関係から収益と出口を整理します。
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確認日:2026年9月2日
著者紹介
株式会社陸自不動産 代表取締役 小松野美貴哉
宅地建物取引士
自衛官としての勤務経験、自らの不動産投資と損切りの経験、不動産売買の実務経験を踏まえ、自衛官・公務員が「売れる価格」だけでなく、ローン残高、売却手取り額、抵当権、最大損失、出口まで自分自身で判断するための情報を発信しています。
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